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アロハ&ボンジュール Aloha & Bonjour !

駐在員の妻として、ハワイ6年・パリ6年、そして50過ぎのオバン留学生としてのハワイ2年間の滞在中のエピソードや、教育の違い・風習の違いから感じたことを書く思い出日記。

幼稚園児の会話?

2009/02/26 20:54 ジャンル: Category:ハワイ
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息子がプリスクールの頃の話。

近所の息子の友達の子のママが具合が悪かったので
かわりに私がプリスクールまで迎えに行った。
その子と息子を一緒に迎えて、歩きながら帰る途中のふたりの会話。

息子が”今度のステップファーザー(継父)はどう?”
(何で、幼稚園児がしかもステップファーザーって単語知っているのよ・・・)
その子は”今度はいいよ。よかったよ。ゲームが上手い”
(今度は?って3回目ってことか・・・)
息子”それはいいね。うらやましい。”
(うらやましぃ?ってどういうことよ・・・)

その子を家に送り届けた時に、その子のママに”具合はどう?夕飯は困らない?”と聞くと
”前のだんなはだめだったけれど、ラッキーなことに、今度のハズバンドは料理が得意”と言う答え。
”OH!それはラッキーだね。うらやましいわ!”と息子と同じことを言う私・・・

今でこそ、日本でも離婚は珍しくないが、20年以上前の当時の日本から来たばっかりの私に
とっては、アメリカ人の離婚家庭の”オープンさと明るさ”にびっくりし、ある意味感動した出来事であった。


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カフェでレッスン

2009/02/15 23:00 ジャンル: Category:フランス
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パリにはカフェがいたるところにある。
席と席の間が狭いところが多く、隣のしゃべり声がよく聞こえる。
でも、何いっているかわからないので、BGMの様で全然気にならない。
だから自分の世界に入ることができ、葉書を書いたりできた。
日本に帰国して、電車の中でも、カフェでも、耳に入ってくることが
完璧にわかることが疲れるなぁって思った。

パリに住み始めて、最初に夫や息子へのてまえ、母も頑張っているんだぞと見せる為に
一応、フランス語のレッスンを受けることにした。
そして情報誌で見つけた英語を話すフランス人に、カフェで教わることになった。
彼女は結構厳しいが、とても可愛い先生。
よく、日本のファッション雑誌に登場するパリジェンヌより、もっと可愛かった。
まわりの話し声がうるさいから、私の自信なく話す消え入りそうな声の
片言のフランス語が聞こえないらしく、”もっと大きな声で”と言う。
小学生の朗読のように、思いっきり声を出した。
すると隣のカップルが、なにをしているのかと興味を持った様子で
聞き耳をたてているのがわかった。
カフェでの注文の言い回しを練習していると
つっかえた単語を隣のカップルの彼のほうが教えてくれた。
先生が笑って、”ごめんなさい、うるさかったかな”と言うと
”フランス語教えているんだね、いいよ、ぼくも手伝おう”みたいに言っている。
そして、私に”僕にはお金はいらないから”なんて言う。
そして彼と先生がなごやかに話し始めたら、彼女がプイと席をたった。

私は、もうフランス語どころか、席をたった彼女のことが気になって気になってしょうがない。
もともと、やる気がないものだから、余計、他の楽しみをみつけようとする私。
”ここはアムールの国、フランス。先生と彼が一瞬で恋に落ちても不思議はない・・・”
と完全に"家政婦は見た”in Parisって感じの私。
その時、先生が私に”アンポンタン”と言った。
私のこと、アンポンタン?って言った?それって日本語と思ったら
”この言い回しは大事よ”というimportant(重要)という単語の発音だったのだ。

彼女が席に戻り、まもなく彼等は仲良く帰っていった。
おばさんの心配したようなことは、なにも起こらなかったのだ。
それでも、それからのカフェでのレッスンのときは、なるべくおばあさんの横に座るように
気を使う私であった。


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地元のお店

2009/02/12 10:23 ジャンル: Category:フランス
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私は見知らぬ所に行くことが、昔から好きだった。
"言葉の通じない、見知らぬ土地”も不安より、むしろワクワクした。

パリでは、船便ででた引越し荷物が届く前に、早速行動開始。
最初に住んだアパルトマンがメトロまで1分もかからないという便利なところだったので
”アン・カルネ・シルブプレ”という切符を買うフレーズだけ覚えて出発。
電車のドアはボタンを押さないと開かないということも知らずに・・・
電車がついても降りる人がいないドアは外からボタンを押さないと開かないのだ。
開かないので隣のドアを見たら、人が押して入っていたので
慌てて押したら、結構固いのでさらに慌てた思い出がある。
(仙台に移住してきたときに、仙台のJRの電車もそうだから、”パリと同じ!”って思った。
夏の涼しさや、牡蠣や食材の美味しさも!)


雑貨好きな私は、パリで有名店ではない横道や路地裏にある雑貨やさんを見つけると
嬉しくて、覗いて回った。地元のスーパーの家庭用品コーナーも必ず覗く。
暇人間の暇つぶしといえば、暇つぶしであるが、それが私にとっての見知らぬ土地に
馴染む方法だったのかも・・・

2年たって引っ越した我が家の近くに、常設のマルシェがあった。
治安がいい16区だったので、日本人駐在員が多く住む地域であったためか
お肉屋さんでは、”しゃぶしゃぶ”と書かれた薄切りの肉があり
八百屋さんでは、”しいたけ”と書かれたしいたけがあった。
キノコ類が大好きな私は、ほぼ毎日、しいたけを買いに行っていたので
お店のご主人は、私の顔を見ると”ボンジュール!マダム・しいたけ”と言うくらい。
近くの美味しいアイスクリームやさんは、そこのマロンアイスが大好きで、
マロンアイスの季節が近ずくと、頻繁に顔を出す私を、”マダムマロン”と呼んだ。
このアイスクリームやさんは、かきいれどきの真夏にしっかりヴァカンスをとっていた
のにはびっくり!した。フランス人は”ヴァカンスのために生きているといっても過言ではない”
と聞いたことがあるが、ほんとにしっかり休むんだぁ~”とその時、実感した。

有名な観光地を見るのも、もちろん楽しいけれど
情報誌に載っていないが、入ってみたら思いがけなく
居心地の良いカフェにめぐりあったりするのも楽しかった。
日本にいるときから、家族に呆れられるほど、”ひとりカフェめぐり”が
好きだったのも、カフェがいたるところにあるパリを楽しめた理由のひとつ。

ある日、うちの近くの私のお気にいりのカフェの前に撮影隊がきた。
なんの撮影だろうと思っていたら、映画の撮影だった。
ムッシュ・カステラの恋”(邦題)というフランス映画。
主人公が英会話を教えてもらう先生とのレッスン場所がそのカフェだった。
もちろん、日本に帰国してからレンタルビデオやさんで借りてみた。
相変わらず、何を言いたいのかわからないフランス映画だったが
懐かしいカフェと周辺の風景に目を凝らした。

ベルサイユ宮殿や、モンサンミッシェル、ルーブル美術館・・・
それらと同様に、いやそれ以上に私の記憶に残っているのは
地元のマルシェ、路地裏の雑貨店やカフェである。
我が家のお店”アプレミディ”も、地元の人々に根ずくお店になりたい・・・


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ドラッグ教育

2009/02/09 21:02 ジャンル: Category:ハワイ
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今、日本でも大麻やドラッグが問題になっているが
アメリカでは、小学校低学年からドラッグに対する教育がされていた。

今から20年以上前のことだけれど
息子の小学校に、ドラッグのために犯罪を犯した囚人が
ポリスに連れられて足輪・手錠状態で、ドラッグの怖ろしさを話に来たという。
すごくインパクトがあったようで、帰宅してから延々とドラッグの怖ろしさを
私に説明していた。

日本に帰国した時、我が家は私の両親と同居していた。
母には喘息があり、体が弱いので、ベッドにいることもあった。
ある日、過換気になったら、お医者さんから袋を口にあてて息をするようにと
言われていた母が、袋で呼吸をしていたところに、息子が出くわした。
息子はびっくりして、私のところに走ってきて言った。

”おばあちゃんが、ドラッグしている!、いけないって言わないと!”
母の寝室に行くと”なんか、T君がおそろしいものでも見たような顔をしてでていったわよ。”
母に説明すると、そんな小さい子に大麻や麻薬の教育をしないといけないアメリカに
驚いていた。それでアメリカに、ドラッグの問題がなくなっているとは思わないが
日本は、今、小学校から大麻やドラッグの教育をしているのかなぁ?

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Don't say sorry

2009/02/07 22:20 ジャンル: Category:ハワイ
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訴訟社会のアメリカを実感したプリスクールでの出来事。

ある日、プリスクールから、息子が怪我をしたから迎えに来てくれと電話があった。
慌てていくと、息子の額にバンドエイドが貼ってあった。
お友達とぶつかって、お友達の歯が息子の額にあたって切れたとのこと。
相手の女の子は、息子の石頭で歯がグラグラになったという。

先生が”歯とぶつかってます。口の中は菌でいっぱいだから、医者に連れて行くように”と言う。
そんなおおげさなと思い、”これで大丈夫でしょ?”と言うと
”あとで問題が起るといけないから、水で拭いて、バンドエイドをしただけです。”
そして、”いいですか、絶対相手に謝らないで。Sorryと言わないこと!
悪いのは、前を見ないで走ってきた相手のほうですから。”と・・・
とりあえず謝る日本人気質を、先生は知っていたのだ。

そうしていると、相手の女の子とお母さんもやってきた。
先生に言われていたので、”Sorry"とは言わなかったけれど
“大丈夫?”と女の子に言った私に、その子のお母さんは
”子供同士のこと。これから歯医者に連れて行く”とだけ言って出て行った。
ほんとに、見事に、なにも言わずに・・・

ハンバーガーのせいで太ったとか
熱いコーヒーをこぼしてやけどをしたのは、お店のせいなどと
マクドナルドを訴えたという話は、まさに訴訟王国アメリカ。
石を投げたら弁護士に当たると言われるほど
弁護士も多いのもそういう背景があるから。
アメリカでは不用意に”Sorry”と言えないのは本当の話である。

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ハワイのプリスクールで・・・

2009/02/04 21:04 ジャンル: Category:ハワイ
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23年前、息子がハワイのプリスクールに通い始めた日のこと。
そこは保育園と幼稚園がいっしょになったようなチャイルドケア兼プリスクールだった。

”言葉に慣れるまでは、お昼寝もできないだろうから、
お昼までのハーフディ(半日保育)にしたほうがいい。”
という日本の子供に慣れている先生のアドバイスどおりに
”泣いてるかなあ、どうだったろう”と心配しながら、お昼に迎えにいった。
部屋に入ろうとしたら、先生がわたしを止め”今日から、フルディ(全日保育)にしなさい。
びっくりしたわ、ころっと寝たの。珍しいよ、初日からフルディの日本人の子。”
という言葉にこっちもびっくり。
”あまりの緊張に気を失ったんじゃないか・・・”と思ったくらい。

最初のうちは、朝、緊張しているように感じたが行くのを嫌がることはなかった。
ある朝”みんなは塗り絵の紙をもらっているのに、僕だけもらえなかった。
おやつもだよ”と言う。
”じゃあ、自分から先生にもらいにいきなさい。手をあげたりして、ほしいって言わないと。”
その日、迎えにいくと、”もらえたよ!おやつも!”と満足そうな顔。

”転校生には、先生はちょっと特別扱いしてくれるだろう。ましてや、言葉がまったく
通じなかったら、なおさら・・・”という甘い期待はまったくはずれた。
最初は少し不憫な気がしたがでも、これがかえっていいのかもと私は思い始めていた。

親が働いている子は、朝早くから、夕方6時に親が迎えにくるまでスクールで過ごす。
ランチだけでなく、朝食もスクールででる。シリアルやフルーツなど。
通い始めてしばらくたつと、息子が自分もスクールで食べたいという。
そしてある日、いつものように3時に迎えに行くと
園庭で遊んでいた息子が私に向かって初めて英語で叫ぶ。
”来るな~~。家に帰れ~。”・・・と。
それを聞いた先生が、笑いながら息子の英語をなおす。
”おかあさんに言う言い方じゃないよ。もっと遊びたいからあとで迎えに来てと言いなさい。
プリーズをつけるのを忘れないこと!”
その日から、朝7時半から6時ぐらいまで、学校にいるようになった。

ひとりっこだった息子にとって、初めての集団生活が異国の学校だった。
でも、最初はおやつも自分でとりに行けなかった子が、半年もたたないうちに
隣のクラスのおやつまでもらって、両手いっぱいにして帰ってくるようになったほど
ハワイでの学校生活を楽しんでいた。
そしてそれとともに、私自身もハワイ生活を思いっきり楽しみ始めていたのである。

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プロフィール

mmeapresmidi

Author:mmeapresmidi
50代前半・1夫1息子あり
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(きずいたら、50代後半どころか還暦に近くなっていた!)

海外TVドラマと雑貨と紅茶好き

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