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アロハ&ボンジュール Aloha & Bonjour !

駐在員の妻として、ハワイ6年・パリ6年、そして50過ぎのオバン留学生としてのハワイ2年間の滞在中のエピソードや、教育の違い・風習の違いから感じたことを書く思い出日記。

大晦日

2008/12/31 13:26 ジャンル: Category:ハワイ
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大晦日・・・朝起きると仙台は雪。
比較的、雪が降らないという我が家の地域も吹雪状態。

ハワイでの大晦日は、Tシャツに短パンでバーベキュー。
そして爆竹や花火で新年を迎える。花火

パリでの大晦日は、ミレニアムのときにエッフェル塔であがる花火の音が我が家まで
届き,体にその振動を感じるなか、美味しいチーズとワインで乾杯アップロードファイル

そして仙台での大晦日は雪を見ながら,お鍋かな・・・?

いろいろな所で新年を迎えられて、いろいろなものを食べられたことに感謝!
そして来年こそ、ダイエットしなくては !(^^)!
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アフターいや、ビフォークリスマスセール!

2008/12/23 15:37 ジャンル: Category:ハワイ
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ハワイのときもパリのときも、雑貨好きの私は、クリスマスの次の日の
アフタークリスマスセールには必ず行った。
次の年のクリスマスのためのオーナメントやクリスマス柄の食器やタオル
などを自宅用やギフト用に買いだめしておくのだ。
雑貨は腐るものじゃないので、そういうことができる。
そのため、クリスマス好きの我が家はオーナメントだけで、
ダンボールなん箱分もあって引越しのたびに、引越し業者さんにびっくりされたほど。

日本のうちのお店の近くのモールでは、クリスマス前からクリスマス用品のセールを
始めているので,去年は”えっ、もうセールになるの?”とびっくりした。
・・・で、今年はうちのお店もクリスマス前にセールを始めている。

毎年、毎年、必ずギフトを贈る相手には、あわてて選らんだものを贈るより
お得に買うことができるときに、じっくり相手のことを考えて選びたい。
だからアフターでも、ビフォーでもセールは有効に利用したい。

母国語強し!

2008/12/13 22:32 ジャンル: Category:フランス
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フランス生活での最大のストレスはフランス語だった。
フランス人は噂どおり、言葉の通じない相手とわかると、冷たかった。
アメリカ人は、なんとかわかってくれようとする気持があったが
フランス人はその気持があまりないと感じた。

初めてスーパーではなく、お肉屋さんに行った時、ショックなことがあった。
何人かお客さんがいるのはわかっていたが、店員さんがまっすぐ私に向かって
”ボンジュール、マダム!”と声をかけてきたので、私の番かと思い注文をしたら
いっせいにそこにいたマダムたちが、文句を言ってきた。
”ごめんなさい、フランス語わからないので・・・”と言っても
なんかまだガミガミ言っている。どうやら、私の番じゃないって言ってる感じ。
店員さんが謝って、私はシュンとして自分の番を待った。

そこのシステムは注文をすると店員さんが金額を紙に書く。
その紙を持って、”ケス”(レジ)に言って払う。
代済みのサインがされた紙を持って店員さんのところにいって品物と交換。
私の注文の番がきて、紙をもらったら、またさっきのマダムたちが私に
こわい顔でなんか注意をしている。”支払も順番よ、わかっている?”
って言っている感じ。私は”ダ・コー”(了解)とにこやかに言ったが、
まだなんかブツブツ言っているので今度はは日本語で、
”わかりました!ご親切にどうも!”と、満面の笑みを作って言った。
なんと、そうしたら、みんながだまったのだ。

ある日、バスに乗ろうと停留所にいったら、ちょうどバスが発車したばかりだった。
待っていると、マダムがやってきて”バスはいったばかりか?と私に聞いているらしい。
”ごめんなさい、フランス語わかりません”と答えた。また、聞いてくるから、
今度は英語で”あなたの言っていることわからない”と言った。一瞬、首をたてに振って
わかった様子だったが、またちょっとしたら、なにか言ってくるので、日本語で
”バスはいったばかりですよ。それに私はフランス語がわかりませんよ”と言った。
その途端、彼女は”ダ・コー”と納得したのだ。

それ以来、私は自分の感情を理解してもらうのは、最後は母国語と思った。
きっと母国語には感情がのり、その言語がわからない相手にも理解されるのだ。
その切り札をみつけた私は、結局言葉がつうじないことに恐れも感じなくなり、
結果、フランス語修得にはならなかった。

”住めばペラペラ”は絶対ありえない。
自分を母国語から遠ざける環境と覚悟、そして勉強する努力が必要なのである。









マスターのブログ

2008/12/09 22:45 ジャンル: Category:ハワイ
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この頃、お店のお客様が、私のブログを”見てますよ”と言ってくれるのを
聞いたマスター。”オレもブログ書くぞ!”と言い出し、お客様たちに
”私も書きますので・・・”宣伝しまくっている。

ブログのタイトルを決めるにあたって、私の”アロハ&ボンジュール”に対して
”マハロ&メルシィ”にするかとか”マスターのぼやき”にしようかと悩んでいたが
日頃からひとりごとが大きいマスター(わざと聞こえるように言っている?)なので
”マスターのひとりごと”になった。

3分前のことを忘れるのに昔のことはよく覚えているのはなぜだろうと思う今日この頃。
お互いのボケ防止のために、ブログを書く・・・夫婦である。






J-Walking

2008/12/03 22:53 ジャンル: Category:ハワイ
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J-Walking・・・っていう言葉を聞いたのは、22年前のハワイ。
我が家が当時住んでいたホノルルのコンドミニアムは
カハラモールというショッピングモールとワイアラエアベニューという通りを
はさんで建っていた。ある日、モールから家に帰ろうと通りの横断歩道
ではないところを渡ろうとしていた私。ふと反対側を見ると、数人が
私に向かって”もどれ~~”という感じで手を振っている。

”なに?どういうこと?”と思いながらも渡ると、
コンドの駐車場の影から警官登場。
”あなたは今、なにをしましたか?”と聞かれ
”買物をして、家に帰るところです。”と答えたら
”そうじゃないでしょ。J-Walkingしたでしょ。”
”J-Walking??”って何?
横断歩道ではないところを渡ることがJ-Walkingで、
違反になると、その時初めて知った。
”子供のお迎えの時間がせまっているから、急いでいたので・・・”と言い訳。
警官、優しく微笑み、”このペーパーにサインするだけでいいよ”
助かったと思った私はそのペーパーを読みもせず、ひきだしへ。

すっかり、そんなことを忘れしばらくたったある日、裁判所から手紙が来た。
どうやら、サインさせられたペーパーにはそのペーパーとともに、
罰金をチェックで送るように書いてあったらしい。期日が過ぎていたので
、罰金は増えていて(25ドルぐらいだった)なおかつ出頭命令もついていた。

ちょうどその時、主人が出張中であわてた私は、その日が
スイミングスクールの日だったのでその手紙を持って、
同じクラスのBettyに見せた。
”窓口で I am guilty(私が悪うございました)って言ってチェックを渡すこと。
認めないとやっかいなことになるよ”ってアドバイスされた。
そして裁判所の前まで彼女はついて来てくれた。

窓口がある部屋にはトラック野朗みたいな、むくつけき男性ばかり。
ちっちゃい東洋人の私に、みんなの目が集まる。
”こいつ、何したんだろう”って感じで。

窓口で言われたとおり、罪を認めて罰金を払った。
ずっとハワイに住んでいる友人達もそんなことで捕まった人は
知らないと言うほど聞いたことがない違反でつかまった私・・・
それからしばらくたって、ワイアラエ通りに横断歩道以外で渡れないように
柵ができた。その柵を見る度に、柵の一部のお金を出したのは私と
思い、ハワイに住む友人達もいまだに私を思い出してくれるらしい・・・








プロフィール

mmeapresmidi

Author:mmeapresmidi
50代前半・1夫1息子あり
 ↑
(きずいたら、50代後半どころか還暦に近くなっていた!)

海外TVドラマと雑貨と紅茶好き

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