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アロハ&ボンジュール Aloha & Bonjour !

駐在員の妻として、ハワイ6年・パリ6年、そして50過ぎのオバン留学生としてのハワイ2年間の滞在中のエピソードや、教育の違い・風習の違いから感じたことを書く思い出日記。

思い出のサンクスギビング

2008/11/28 18:28 ジャンル: Category:ハワイ
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11月の第4木曜日はサンクスギビングディである。
日本ではサンクスギビング(感謝祭)は一般的ではないけれど
アメリカはこの日はどこも休みになり、家族や友人達とターキーを食べて
祝う日となっている。

我が家の思い出のサンクスギビングは今から6年前。
私と主人はパリにいて、息子はハワイの大学に通っていた。
夏の間、ハワイでバカンスを過ごし、9月にパリに戻ったばかりの私。
11月のサンクスギビングの前、珍しく2日続けて、ハワイの息子から
電話があり、“腹が痛くて、痛くて”と言う。
”薬を飲んでも良くならないのなら、DRにいきなさいよ。”と言って電話を切った。
次の日、息子が行ったDRから”息子さんは盲腸です。あぶないところでしたよ。
エマージェンシルームに今から行かせます。”と・・・
アメリカは救急車に乗ると高額な料金を請求される。
そのため、息子はDRが呼んだタクシーに乗って、運転手さんに心配されながら
ERに行ったそうだ。

私は、腹痛の原因がわかったことと、私が着くまでハワイの友人に
病院に行ってもらうことになったので、ひと安心して、
早速ハワイ行きの準備にかかった。
カバンの中にゴルフのグローブや水着を入れることを忘れずに・・・

パリからカナダ経由でホノルルへ・・・時差と気温の差を飛び越えていく。
カナダのイミグレで私はなぜか別室に連れていかれた。息子の緊急事態を説明する。
”盲腸”という英単語を忘れて”Moucyo・・・Moucy~ou・・・”と
日本語ということもきずかずにアクセントやイントネーションを替えて
言っているうちに、思い出す。”アペンディックスだった!”

”乗り継ぎの便まで時間がない。”なんで、私が・・・調べられるの!”と
なかば、切れ気味に訴える私に、イミグレの人は冷静に言う。
”あなたは調べられなければならない。それに、息子さんはもう20歳を過ぎているから
自分でサインしてオペができる。もう、オペは終わっているんでしょ?”と・・・
その時私は、机の上に”ここでのやりとりはすべて録画されています”と
書かれたボードにきずく。途端ににこやかに、穏やかになる私・・・

9・11以降、カナダ経由でアメリカに入国するのにイミグレがうるさくなったらしいが
頻繁にパリ~ホノルル間を行き来していた私を不審に思ったのか・・・
荷物も隅から隅までゴム手袋の係官に調べられ、やっとのこと開放された時は
最後のアナウンスで私の名前が呼ばれていた。息も絶え絶えに走りこむ私に、
ハンサムなスチュワードが”待ってましたよ。Mrs.H”とウィンク。
席に着いた途端、離陸。そして緊張が解けた私は爆睡。

ハワイに着くと、友達が息子を退院させてくれ、何もかも済んでいた。
息子は傷は痛がっていたけれど、手術の次の日はサンクスギビングで
病院でターキーのディナーがでてたいらげたそうだ。
それを聞いて安心した母は、早速、年間で一番安くなるという
アフターサンクスギビングセールに友達とでかけることにした。
”何しにきたんだよ~~”という息子の声を背中で聞きながら・・・

私にとってはスリルとサスペンスのカナダ・イミグレの思い出
息子にとっては、死にそうだった痛みと母の代わりに
面倒みてくれた母の友人への感謝の思い出
主人にとっては、それから大晦日までの単身生活となる
思い出のサンクスギビングディだった。
















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クリスマスツリー

2008/11/23 16:59 ジャンル: Category:ハワイ
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DSCN1439_convert_20081123134019.jpg
お店にツリーを飾った。
このツリーはパリ→日本→ハワイ→仙台と
ずっと我が家と一緒に移動してきたツリーである。
我が家は息子が小さい頃はハロウィンが終わると
ツリーを出していたような(はやっ!)気がする。

ハワイではキャンディケーンを飾ったり、赤と緑のチェックのリボンで
賑やかな感じの飾りつけ。
パリではゴールドやシルバーだけのシックな感じの飾りつけを楽しんだ。

我が家の階下のマダム宅のクリスマスの飾りつけは本当にシックだった。
キッチン・リビング・バスルーム、各部屋にさりげなくクリスマスの雰囲気を
感じさせるものが置かれたり、使われたりしていた。
この”さりげなく”っていうのが、とてもお洒落に感じた。

”見て、見て!可愛いでしょ~、クリスマスよ~~”
っていう感じで、家の中も外もイルミナーションで飾り立てるのは
初日は良くても、段々疲れて飽きるように感じるのは
私だけかな?

マダムのお宅はゲストタオルやティータオルもクリスマス柄。
ハンドソープが入ったボトルもツリーの形だったり、
スノーマンだったりして、とても楽しかった。
ライトははツリーにシンプルに1色で光っているだけ。(チカチカさせない)
夜、キャンドルに火をつけるから、ライトはシンプルがいいと言っていた。
トイレの中にも小さいリースが飾ってあったので
全部屋、こっそり覗きたくなるほどであった。

欧米は新年よりクリスマスに力が入っているかんじで
ツリーも新年を越してからゆっくりとかたずける。
日本はクリスマスよりやはり新年が大事というかんじなので
26日にはすぐツリーをかたずけないといけない。
出すのは良いが、かたずけるのがちょっとめんどうなので
なるべく早くだして長い間楽しみたい我が家のクリスマスツリーである。



アナログ対デジタル

2008/11/17 22:17 ジャンル: Category:ハワイ
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逕サ蜒・test+apremidi+Products+178_convert_20081117213644
ここのところお店のHPのアプレミディ日記の追加に問題が起き
何度もIBMのホームページビルダーのサポートセンターに問い合わせ
することがあった。

担当者のGさんは、基本的なことがわかっていないオバサンの私に
とても親切に対応してくれた。何度も、問題点をテストして、電話をくれ、
やりかたを教えてくれた。聞きなれないパソコン用語に”えっ、それって何?”
”全然、わからない。”を連発する私にイラッとすることなく、
あらゆる角度からのアプローチをしてくれた。
”さすが・・・IBM.”と感謝!

ただ私とのやりとりをモニターした電話をあとで聞いたIBMの担当者達は
トンチンカンの私の質問と答えにきっと、笑っているに違いない・・・


Yes, We Can !

2008/11/06 21:56 ジャンル: Category:ハワイ
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,
ハワイ出身のオバマがアメリカの大統領になった。
いろいろな人種が集まっているアメリカに黒人の大統領が誕生しても
おかしくはないとずっと、思っていたけれど・・・

日本にいると、肌の色を意識することはなかったが
パリでファンデーションを買う時に店員さんに
”あなたの肌はイエローだから、”って言われた時に
”ほんと、私って黄色だ”って思った。
そのフランス人の店員さんの肌の色と比較して見ると
遠藤周作の”白い人黄色い人”という本の題名が一瞬浮かんだほど
彼女は白くて、私は黄色だったのだ。

ニューヨークの9・11の時、我が家はパリにいた。
パリも次の日にはゴミ箱は撤去され、自動小銃を小脇にかかえたおまわりさんが
観光地だけではなく、住宅街の中にもいたるところに立っていた。
パリにはアラブ系の人が経営する小さな生活用品を売るお店が多いからなのだ。
ある日、メトロに乗っていると、いつも混んでいるその線がいつもよりすいていて
人が乗ってきても、ドンドン降りていく。
私は今日はすいているなあと思いながらうつらうつらと居眠りをしていた。
降りる駅の手前で起きると、その車両には私とドアの近くに大きな荷物を
足元に置いたアラブ系の人のみになっていた。
そうか、だからこの車両すいていたんだ・・・と思った。
その人は寂しそうな顔をして、私を見た。
思わず、私は”ボン・ジョルネ!”(良い日を!)と言って降りた。
あの時のフランスにいるアラブ系の人達は、それまで以上に
人種差別を感じていたことだろう。

オバマの黒人や白人、ラテン系やアジア系、リベラルや保守も関係ない。
合衆国としてひとつになろうって言う演説を聞いて
息子が小さい時に、ハワイの現地校の先生に言われた言葉を思い出した。
友達と同じアメリカ人になりたいという息子に、先生は言ったそうだ。

”アメリカ人も日本人も、関係ないよ。みんな同じ地球人だよ”







パリの道案内

2008/11/04 22:08 ジャンル: Category:フランス
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DSCN1344_convert_20081102140145.jpg    
これは、パリのキヨスクで売っているパリの地図。
私は、これをいつもバッグに入れていた。
薄くて、メトロの路線図も載っているし、パリ歩きの必需品。
タクシーに乗る時も”ここに行きたいの”と言って行きたい場所を指す。
発音による聞き間違いもなく、方向音痴の私でも、どこにでもちゃんと行けた。

パリに住み始めた頃、テレビ好きの私はケーブルで見れるだけの
日本の番組だけでは満足できず、日本のレンタルビデオ店を探した。
日本語新聞からの情報で、その住所がわかり、行くことにした。
道を尋ねる時のフレーズだけ、頭にいれて。

最初に女の人に聞こうと声をかけると、チラっと私を見ただけで完全無視。
次におばあさんに尋ねたら、地図が小さくて見えないというようなジェスチャアをされて
あの人に聞きなさいという感じで男の人を指差した。

その紳士はとても親切に教えてくれたが
返ってきた言葉が全然わからなかった・・・
道を尋ねるフレーズだけ、覚えていたのだが、
右だ左だという単語がわかっただけで、そのほかがわからない。
でも、とても優しく教えてくれている紳士に悪いと思い
とりあえず、にこやかにお礼を言って歩き出した。

しばらく歩いていると、その紳士が追いかけてきてくれて
きみは全然わかっていないでしょという感じで
おおまかな地図を描いてくれて、最初の曲がるところまで
ついてきてくれた。

それ以来、道を尋ねるのは、紳士と決めた私であった。グー!









プロフィール

mmeapresmidi

Author:mmeapresmidi
50代前半・1夫1息子あり
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(きずいたら、50代後半どころか還暦に近くなっていた!)

海外TVドラマと雑貨と紅茶好き

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